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遺産分割協議書
相続による不動産の名義変更の際、法律で定められた法定相続持分を修正する登記をするには、遺産分割協議書を作成し、相続人全員の実印での押印が必要です。
例えば、夫が亡くなり、妻、子2人がいる場合、妻4分の2、子それぞれ4分の1で相続するのが法定相続分というものです。
これを妻単独の名義にしたいということであれば、子はそれぞれ4分の1づつ持分を失うことになるので、遺産分割協議書を作成し、妻、子2人の全員で署名押印をしてもらうことになります。
遺産分割協議書は、登記所等の役所に文言のフォーマットが定められているわけではなく基本的に自由に作成することができます。しかし通常は雛形を参考にして作成します。特に注意することとしては「相続人全員が署名押印しているか。」ということと「どの相続財産を誰に帰属させるかがクリアーになっているか」という部分だと思います。
その他に、司法書士としては不動産の特定には気を使います。私としては、登記簿に記載されている物件明細(所在・地番・地目・地積)をしっかり記入し、13桁の不動産番号も記入します。
これで、どの不動産がだれに帰属するかはっきりします。不動産の持分を相続させる場合もありますので、その場合は持分も記入しておきます。
また、相続財産の中に不動産以外の財産がある場合があります。例えば預貯金等です。この場合も、どの銀行の誰名義の口座で、金額も詳細にしておいたほうが良いと思います。
遺産分割協議書の作成は、簡単そうで神経を使います。
「高齢の親の所在が分からない」という問題
この数日間で、100才以上の方の所在がわからなくなっているという社会問題が提起されています。子に聞いても「親が出ていったきり所在が分からない。」と答えると報道されています。
人生には様々な事情があるので何とも言えませんが、自分の親であれば所在が分からないなんてことあるのでしょうか。施設に入所しているとか、兄弟の家にいるとか、何らかの形で分かるはずです。
それでいて年金現況届はしっかり提出されているので、年金だけはきっちり振り込まれている、しかもその年金は子の所に行ってしまっている、という状況なのでしょう。年金は本人のために支払われるものです。これが本人ではなく子に行ってしまっている。これはおかしな話です。
特に、親の死亡が分かっていながら、子が役所に死亡届も出さず年金現況届に虚偽の記載をして、年金をもらい続けている、これは明らかに詐取です。
人情として分からないでもないですが、段々と社会も厳しくなっています。こういう不正は根絶し、障害者の方等で若干の要件を満たしていないために障害者年金等をもらうことができない人に受給の機会を与えるようにしてほしいと思います。
今後、年金現況届も、100才以上の方については本人確認を徹底するとかの工夫が必要です。さらに、この問題に対し区役所や市役所の職員はテレビに向かって口を揃えて「高齢者に会って本人かどうかを確認するのは民生委員などに任せてある。」とか何とか言うのはやめていただきたいと思います。それじゃあ貴方達はそれを仕事にしていないのでしょうか。一体何をしているのでしょう。民生委員は全くのボランティア団体です。貴方方の下請けでも何でもありません。民生委員が仕事をやっていないような口振りはやめてもらいたいと思います。貴方達が率先してやるのが筋でしょう。はき違えていませんか?
居住用不動産の取壊処分許可の審判
被後見人が居住していた不動産を処分する場合には,家庭裁判所の許可が必要になります。これは法律的処分例えば売却や賃貸借をする時だけではなく物理的に不動産を取り壊す時にも必要になります。
この許可なくして処分してしまった場合,その処分は無効になります。
成年後見制度を活用すると被後見人の財産が簡単に動かせなくなるという説明を以前にしましたが、代表的な例として、この例があります。
被後見人が不動産を持っているが今はその不動産には居住しておらず、施設に入所している。入所している施設へ継続的に金銭を支払う将来的なことを考えると、居住していた不動産を売却してまとまったお金を作っておきたい。と考える人が多いと思います。
そんな時は「被後見人の居住用不動産を処分する時は許可が必要になるので簡単には処分できない。」ことを思い出してください。
東京地裁民事20部の判事、判事補を講師として研修開催される
司法書士法第3条4項では「司法書士は裁判所若しくは検察庁に提出する書類・・・を作成する」ことを業務とすることができると規定されています。
しかし、上記法律による明文規定があるにも関わらず、我々司法書士が破産申立書を提出しても受理しない裁判所がありました。その裁判所が「東京地方裁判所民事20部破産係」(東京地方裁判所本庁)だったのです。
東京23区に住む人が自己破産の申立をする時、司法書士が申立をしても東京地裁本庁では受け付けてくれないので、やむなく同じ東京にある東京地裁八王子支部(現在は立川支部)に申立をしていました。同じ東京なので管轄はあると判断されるのでしょう。ここで何とか受理してもらえます。私もかつて23区に住む方をそのように申立した経験があります。自分で言うのも何ですがやはり八王子は遠いです。23区の人にとっては1日がかりになってしまい非常に不便でした。
この状況が法令違反だとして、有志の司法書士が国を相手に訴訟を興したこともあり、裁判所の態度が変わってきました。水面下での相当な協議があったのでしょう。先月、私の所属する「東京司法書士会」から、東京地裁民事20部と破産申立書類の作成について協議が整い、民事20部と東京司法書士会が作成した司法書士用の破産申立書類の書式が正式に公表されました。今後、東京地裁(本庁)での司法書士による自己破産申立の道が開かれることになりました。
先週、上記内容の研修が行われました。
この問題の関心は非常に高いようで、880人収容の会場に700人程度集まったようです。講師は東京地裁民事20部の裁判官判事と判事補でした。
我々の申立がスムースに受理され、安く良質なサービスにより多くの多重債務者が余計な負担なく債務整理できるようになることを切に願っています。
滞納入院費
本人が知的障害者で、今まで親族が本人の入院している病院に入院費を支払っていた場合、その親族自身が病気や認知症になってしまうと、本人の入院費を支払うことができなくなります。入院費だけではなく税金、保険料、各種の支払が一切滞ってしまいます。
しかも、病院に入院しつづけるための諸手続、国民健康保険の限度額認定の手続、年金の現況届の提出等々、すべてが滞ってしまいます。
上記のように、親族が本人の面倒を見られなくなってしまう場合に後見人を付ける場合があります。
入院費は滞納してしまうと大変です。病院という所は人を救う所であり商売的な要素がないため、暫くは「金を払え。」と言ってきません。しかし入院費を滞納している患者やその後見人に対しては当然良いようには思っていません。病院によっても違うと思いますが、対応がそれとなく雑で、丁寧さ、誠実さを感じることができません。今まで私の着任してきた被後見人の中にも、入院費が滞納された状態で着任したケースがありました。はじめて病院を訪問した際に後見人の私自身、病院から上記のような態度を受け、嫌な思いをしてきました。病院関係者の間では、入院費を滞納している患者関係者として認識されているのでしょう。無言であるものの「なんで入院費を払わないんだ」という目で見られているように感じました。
今担当している方の1人も滞納入院費が百万円以上ある状態で着任しました。
ここまで滞納してしまうとちょっと困ります。心の中では「それにしてもよくもまあ、こんな状態にしたよ。ここまでになる前に何とかできなかったのかよ。」と呆れてしまいます。しかし親族の方の一身上の都合もあり、仕方ない場合も多いと思います。
滞納額が大きい場合、一度に支払うことをしてしまうと本人の預貯金を大部分なくしてしまいます。そうなると不測の事態に対応できなくなるので、分割で支払いをする方向で病院担当者と交渉します。
対応くださる病院の態度は区々ですが、良い病院、しかも良い担当者にあたると、入院費の事だけではなく、本人の事情を色々配慮してくれますので仕事が非常にやりやすくなります。こういう病院もあります。世の中捨てたものではないですね。
ただ乗り社員・・・フリーライダー
最近、インターネット上で「ただ乗り社員」いわゆる「フリーラーダー」なる言葉が見受けられます。今日はこれについて考えたいと思います。
「ただ乗り社員」つまり、会社に勤務してはいるものの、仕事らしい仕事をしておらず、他の社員の仕事の成果に多少手を加える程度で、あたかも自分が仕事をしたような顔をして他の従業員の恩恵を受けている社員です。私の勤務していた倒産した会社にはそのような社員がたくさんいました。
他の社員の作成した文書をあからさまに「こないだ○○さんが作っていた文書を貸してくれ。」と要求し、それに多少手を加えただけで殆ど変わらない同じような文書を作り、「私が作りました。」とあたかも自分が調べて作ったような顔をしている社員。編集、製本した編集人がいるのに、表紙デザインだけを手配し表紙をくるんで「これは俺が作った本だ。」と言っている社員。顧客にサービスを提供する際、面倒な部分は他の社員にやらせ、ほぼ完成する際に参画し、自分も一緒にやりましたと主張する社員。担当社員が仕事の主要な部分をしっかりやっているから成り立っているプロジェクトについて、「俺は広告宣伝担当だから」とか「私はネット事業部で社長の娘だから」とか言って、外部の顧客にあたかも自分がそのプロジェクト全部の総指揮を取っているような宣伝をする社員。「社長が言っていた、社長がこう指示したから。」とか言って何かと社長を出し、他の社員に仕事を丸なげして、自分は全然その仕事に協力しないで、仕事が終わると社長に「先日の仕事は私が終わらせました。」と報告する社員。「宣伝広告のDMを打つから、おたくの部署で配布したパンフレットを貸してよ。」と言うので貸したところ、その原稿(ワード)のフロッピーまで貸せと要求されたのでやむなく渡したところ、はじめのキャッチコピーをほんの少しだけ変えて作り、「これは私が手がけたものです。」と平気で言う社員。たまに会議に出席して発言していた社員がいて、そのアイデアはどこかで聞いたことがあるなと思い、自分の部署に帰って他の社員に報告したら「それ、こないだ俺があの社員に提案したアイデアですよ。・・・」
ひどいと思いませんか?中には優秀な社員がいたものの、概ねこんな社員ばかりでした。それじゃあ会社は倒産しますよ。今から考えてもひどいです。一部の社員が自分の頭で考えて創り出した価値を、ほとんどの社員はパクってるだけだったのです。
こういう会社の現状としては、間違いなく志気が低下していて「頑張っても認められない。頑張っている人が損をする。自分が建設的な提案をすると、じゃあお前がやってみろということになり、自分で自分の首を絞めることになる。一生懸命やっても人事考課や評価自体がないので加点されるなんて全くない。」→だから「どうせ同じ給料を貰うのであれば楽をして貰えたほうがいい。仕事はなるべく効率的にやろう。」と、効率という意味をはき違えていることになっていると思います。
大学でよく「日頃バイトばかりしていて授業に全く出ないのに、試験前になると人のノートのコピーをしている人」居ましたよね。全部の単位についてこういうことをしていた人が居ました。学生であれば、その学生の成績や卒業という個人の問題と捉えることができます。そいつが数年後「大学でもっと勉強しておけばよかった。」と思っても一向に構いません。そいつが後悔するだけですから。
しかし、業績を向上させ売上を出さなくては市場競争で残っていけない「会社」だったらこういうことはどうでしょう?
そもそも人の仕事の成果にただ乗りするということは、自分の価値を社会に出さず、オリジナリティーを発揮しないということです。社会の人が求めているものは、人のマネをしたアイデアでなく、その人個人が考えたオリジナルのアイデアを求めています。例えば1人の美容師が「自分のサービスは稚拙だから恥ずかしい。」と感じながらも日々仕事をしていても、そのサービスを受けている人はそう感じていないかもしれません。その人のカットの味や方法を気に入ってくれていることで顧客が来てくれるのかも知れません。同じ仕事をしても、その人のやり方や考え方は違います。仕事を完成させるため、自分のオリジナリティーを発揮することが新たに社会に価値観を与え、サービスを受ける顧客に新たな幸せを感じさせることができるのです。
創意工夫もせず、自分の知恵も絞らず、オリジナリティーも発揮せず、他の社員の考えたアイデアをパクっただけの制作物やサービスというものは、その社員の仕事の仕方や振る舞いを見ていれば分かります。仕事が非常に薄っぺらいものに感じられます。そんな社員ばかりになった会社は社会に対し「価値」の「提供」ができないのですから、次第に売上も減少し会社は倒産です。
経営者の皆さんの会社の従業員は大丈夫ですか?まずはそういう社風になっていないかどうかを確認してみたいものです。
裁判外の和解
依頼者の方が今までされてきた金銭の貸し借りを法定利息により引き直し、過払金が生じたら、直ちに業者に対し過払金返還請求通知を出します。
場合によっては返還請求通知を出さず、直ちに訴訟をする場合もありますが、業者によっては返還請求通知を出すことで訴訟費用をかけずに過払金をすんなり回収できる場合もあります。業者を見て臨機応変に対応を判断しています。
業者全般の経営は過払金返還のあおりを受け、非常に厳しいという話を書いたことがありますが、業者によってまちまちです。
近日、ある業者から電話がかかってきました。前置きもなくいきなり「計算額の8割位でいかがでしょうか?」と来たので「これ、ご存じのように、争点もないので裁判したら満額返してもらうことになりますよ。こちらとしては云々万円返却いただきたいのですが、いかがでしょうか?」と切り返したところ「しばらくお待ちください。上司に相談します。」3分位待たされた末、「それで結構です。」となりました。
ほぼ満額返してもらうことになりましたが、それだったらはじめの提示額は何だったのか、という感じです。「うちの会社は払える資力は十分あるけど、ちょっと吹っかけてみてそれで低額で済んだらラッキー!」ということでしょう。
訴訟をせずお互いの話し合いで相互に譲歩のうえ争いごとを解決することを「和解」といいます。今回の件は裁判手続をしないので「裁判外の和解」ということになります。
総量規制3・・・困った問題
6/18の改正貸金業法の総量規制導入により、借り入れできない人が生じるという話をしました。
そもそも借りすぎ貸しすぎにならないようにすることで多重債務者をなくすことが法改正の目的でしたが、困った問題が指摘されています。
所得が低い方で、収入が入った時にきちんと業者に返済して、今まで返済が遅れたことがない方がいます。このような人たちに対し、改正法に基づく運用により「年収が低いから改正法施行後は一切借入できない。」となってしまっているようです。これは突き詰めると「低所得者の方は生活もできなくなる。」ということになってしまいます。死活問題です。
低所得の方は担保不要の消費者金融からの借入に頼っているのが現状で、残念ながら消費者金融等の業者に生活全般を支えてもらっているのが現状です。
この状態を打破するためには、それらの人たちが現在の職を辞して収入の高い職業に転職するか、自営であれば業績を向上させるかしなければなりません。しかし、実際、この時代に収入を増やすということは難しいです。だからまずはじめに無駄遣いをなくす等の抜本的な生活改善が必要になると思います。これも言うのは簡単ですが実際にやるとなると難しいと思います。しかも、低所得者の方の生活を改善するといっても限界があります。切りつめられる余地はあまりないと思います。
「法改正により多重債務者をなくす!」これは非常に理想的で正義感に満ちあふれた考えで喜ばしいことですが、現実問題として、消費者金融なくしては生活できない低所得の方の存在を考えると、今後、さらなる法改正により、低所得者に対する借入規制を緩和することも一考に値するのかもしれません。
総量規制2・・・専業主婦の借入が困難に?
先週このブログで、6/18から「改正貸金業法の総量規制」が始まり、年収の3分の1を超える借入ができなくなる旨を報告しました。本日は、その改正貸金業法の施行日です。
最近特に、新聞やインターネットで「専業主婦」の方が借入できなくなっているという事が指摘されています。
今般の改正貸金業法のもと、専業主婦の方(無収入)であっても、配偶者の年収と合わせて3分の1以内の金額であれば借入できることになっているようですが、その場合、業者に対し配偶者の同意書や配偶者の年収を証明する書類の提示が必要になるようです。
しかし、何百万と存在するサラ金利用者に対し、全部の利用者を調査し、電話確認の上で書類を提示してもらうことは、その費用も考えると業者にとって非常に重い負担になります。
そのため、今回の法改正に際し、収入の要件を満たさない専業主婦や無収入の方の借入自体できなくしてしまった業者があるとのことで、一部の方が借入できなくなっていると指摘されています。(業者の取扱なので各業者によって取扱が異なると思われます。)
借入ができなくなったら、債務整理を検討し、生活を改善することを考えてみてください。特に、多数の業者から借入をしている方については、債務を整理する際、利息制限法の法定利息で取引を再計算してみたら負債が完全になくなり「過払金」だけが生じる結果となり、最終的に負債が残らず逆に過払金が返ってくるという人が多数いらっしゃいます。
専業主婦に限らず主婦の方は、この「過払金」が生じ結果として負債がなくなるという現行の実務上の取扱を今だ知らず、日々の返済を自身の責任として頑張っている方がたくさんいらっしゃいます。そんなに頑張っても業者に永遠に利息を支払っているだけかもしれません。現にそのような方の債務整理をいくつも手がけてきました。
「私は収入もないので債務を整理できないのではないか?」と考えず、まずはしかるべき所で相談だけでもしてみてください。私の所属する「東京司法書士会」(新宿区四谷及び立川市三多摩支会)でも「クレサラ相談」を実施しております。弁護士会もあります。法テラスもあります。クレサラ相談は無料相談の場合が多いので安心して相談することができます。
会社の末期状態2・・・「経営をやらない」
以前、このブログで、会社の末期状態、特に給料遅配が始まった際の会社状況について書きました。今日は、末期状態の際の経営者について考えてみたいと思います。
このドリームゲートは、社長ブログということで皆さん経営ネタについては非常に興味をお持ちになられていると感じました。私の本業は司法書士業で経営とは少々縁がない業務ですが、一時期、倒産しかかった会社に在籍したため個人的には会社経営に興味はあります。
会社が末期状態にある経営者として私が見てきた経営者は、次のような感じでした。
?会社の重要な判断は全部従業員任せ。経営者として何も判断せず、まるで人ごと。
?使用人が経営者に判断を仰いでも何も回答できない。なので使用人が新提案をすると「それははき違えているよ。」とか言って、従業員の提案を真っ向から否定する。
?創業者にもかかわらず、その会社の創業時からの主力商品の知識がほとんどない。勉強しようともしない。
?会社に全然来ない。だからといって資金繰りは経理部長にまかせっきりで、経営者は何もしないし出来ない。
?経営者が会議で発言するものの、業界や自分の会社の置かれた位置を全く分かっていないため、発言内容が全く現実離れしており、業界外の一般人が思いつきで話しているとしか考えられない。
?従業員が「ボロボロ」「ガタガタ」と辞めていく。特に中堅所や主要なポジションにある従業員が辞めていく。経営者は「経費がかからなくなるから従業員が辞めていったほうが良い。」と訳の分からないことを言い出す。
?何とか委員会の委員とか、何とか会の会員とかいう、殆ど経営に関係ない会などに参加し、勲章などを貰うことだけに励んでいる。
?顧客に必要な出費であるにも関わらず「お金がかかるから。」とか言って、本当に必要な経費も承認しない、などなど
つまり、経営者自身、自分の会社の経営を全くしてこない期間が殆どで全部従業員任せでやってきたので、何も分からないということだと思います。創業者にも関わらず、これでよくやってこられたのが不思議でした。
その会社が一時期成長できたのは、時代に即したサービスを提供できたこともあると思いますが、大半の従業員が支えてきた結果であり、単なる偶然的な要素も大きいと思います。
しかし会社が傾きかかった時、経営者が自分に力があると誤信し、息巻いて「さあ、俺の出番だ。」とでも考えたのでしょう。訳の分からない会議が多くなり、当時平社員程度の主任の私まで会議に引っぱり出されました。会議での経営者の発言は全くとんちんかんで、私が質問すると、経営者はその質問を聞きたくないらしく私の発言を遮るように再発言しましたが、言ってることが訳わかりませんでした。そして「将来的には・・・」とかいう話が多く、具体的なビジョンは何もありませんでした。
ここで思ったのですが、今まで何でも従業員任せだった人物が、突然会議を始めた時にきめ細かく気配りをして議事をまとめ、議事をさばくことはできますか?そんなのできないです。家庭で例えるならば妻が外泊した際、家事のことなんか何もしたこともない夫が子供のご飯を作ることができますか。それはできないです。
会社もそれと同じで、今まで会社の中の業務、いわゆる「内業」(私の勝手な造語)を何もしてこなかった経営者が、突然何かしようとしても、いきなりできるようにはならないのです。
重要な経営判断は、しっかりと経営者が行わなくては、いづれ何もできなくなってしまいます。「俺は社長だ、経営者だ。」と言って何もしないで経営が上手くいく時代は終わりました。それが通用したのは今から20年前のバブル期以前だと思います。
「経営者という肩書きだけで経営者を張っていられることはできない。経営者として努力すべき部分は、経営者であり続ける以上、努力を惜しんではいけないし、努力できない時は経営者を退く時だ。」
これは自分自身への非常に大切な戒めでもあり、経営者と名の付く人は、このような経営者像にならないよう反面教師として日々経営に励んでいただきたいと切に願っております。
経営者が経営者でなくなると、従業員、特に末端の従業員が真っ先に犠牲になってしまうことを忘れないでください。






